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ご報告

ご無沙汰しております。

長期間、更新されないこのブログ。

心配して、定期的に見てくださった方もいらっしゃった事と思います。申し訳ありませんでした。

私の個人的な考えなのですが、家族の悲しいニュースや私のマイナスな気持ちをこのブログに文章にしてしまうのがどうしても嫌でした。心配事が悪い方に現実になってしまうような気がして…。


実は、一昨年の年末からテスラの体調に少しずつ変化があり、初めは血液検査をして特に異常もなく、その時の症状に合わせたお薬を処方していただき、様子を見ていたのですが、昨年の3月に嘔吐し少量の血が混ざっていたので、レントゲンとエコー検査をしました。その際、胃に肥厚している箇所が見つかりました。

かかりつけの先生からは、肥厚した部分について
➀腫瘍 胃がんの場合は手術・抗ガン剤をしても、犬の場合は予後が悪く3ヶ月から半年の命 リンパ腫の場合は抗がん剤で半年から長くて一年。いずれにしろ予後が悪い為、手術も抗がん剤もおすすめしない
➁肉芽腫の場合 ステロイド剤を1ヶ月飲めば、一ヶ月後には炎症が収まり、肥厚部分が小さくなり、命には関わることはないとの説明を受けました。

テスラの状態が➀なのか、➁なのか確かめるには全身麻酔をして内視鏡検査or試験的開腹するしか方法はないと言われました。

検査をして、万が一、①だと知ることになっても効果的な治療法はなく、余命を告げられて残りの時間を過ごしていくだけ…。

私達は、悩みに悩んだ結果、まさかガンな訳がない、余命がそんなに短いなんてありえない。きっと大丈夫。そう信じ、まずは肉芽腫の可能性にかけて、肉芽腫の治療薬を一カ月試みる事にしました。

しかし、一カ月後のエコー検査の結果は、残念ながら私達が望んでいた結果ではありませんでした。
肉芽腫である可能性がなくなってしまいました。

振り返ってみても、ショックが大き過ぎたのか、その時の様子はあまり覚えてないのですが、家に帰ってから子供達に、テスラと一緒にいられる時間には限りがある事を覚悟しなければならない。残された時間を大切に、そして、みんなの愛情でテスラに奇跡が起こる事を信じて前向きに日々過ごそうとそんな内容を話した気がします。


症状は主に嘔吐と下痢でした。それでも、食欲があったのがテスラの身体にも、私達の精神的にも、救いでした。美味しそうに食べては、その後しばらくして吐く。下痢の時は一日中下痢をする。嘔吐予防の薬、下痢止めは飲んでいましたが、ほとんど効きませんでした。

私は、食事で免疫を上げる食事療法でやっていく事にしました。
なるべく吐かないようにと、身体に良い、そして消化の良い、色々な食材や調理法を調べて試行錯誤、調子が良くなったり悪くなったり、一喜一憂して。でも、ダメな時は何をやってもダメ。逆に言えば、調子が良い日が何日か続く事もたまにあり、いい時悪い時の繰り返しでした。

嘔吐と下痢の日々。
日に日に痩せてしまい、可哀想で。
吐く姿、声をかけて背中をさすり切なく見守る事しか出来ませんでした。
それでも、不思議なくらい食欲だけはほとんど落ちず、毎食しっかり食べてくれたので、とにかく生きてさえいてくれればと願って過ごしていました。食べる姿に安心できていたのです。

私達は、家族のイベントがある度にそれぞれの心の中に目標を立てました。それまではテスラが生きられますようにと。

四月、長女の中学入学式に、五月のゴールデンウィーク。
最初の頃は、なんとかゴールデンウィークまで頑張って欲しいと願ってそれが叶って。

その次は5月のパパと次女の誕生日。

7月の長女の誕生日。

8月テスラが我が家に来た記念日、お盆休みの伊豆高原。

ハロウィン、四女の誕生日、私の誕生日、三女の誕生日…。 ちょうどこの頃、お医者さんが考えて作った消化が良く免疫力をあげるフードというのをネットで見つけて、取り寄せてみたらすごく身体に合っていたようで、嘔吐がほとんどなくなりました。元々食べていたササミや赤身肉、野菜を茹でたものに加えて、基本の主食はそのフードをお湯でふやかしてあげていました。
嘔吐も下痢も減り、食欲もますます増して、病気なんて嘘じゃない?もう治ったんじゃない?とパパが本気で言ってたくらい。それからは割と胃の調子とお腹の調子良い時期が結構長く続きました。
12月のクリスマス、大晦日。
そして、半分諦めていたお正月。テスラと新年を迎える事が出来ました。

2月1日、私は秩父にあるパワースポット、犬の祖先である狼の神様が祀られているという三峯神社にお参りに行き、テスラの事をもう少しだけ長生きさせてくださいとお願いして来ました。
そのかいがあってか、その後立ち上がる回数が増えたり、その頃少し落ちかけていた食欲がまた復活したりしました。三月のひな祭りも一緒に過ごせて、
余命を聞いてから丸一年過ごせたのです。
丸一年どころか、四女の卒園、入学式も…。

一つずつの目標をクリアして、気づけば先生に言われていた月日を軽々超えてくれました。心の奥底では覚悟しているけども、別れが迫ってるなんて思いたくないし、皆がテスラの生きる力、奇跡が起きるのを信じていたから、本当に奇跡が起きたんじゃないかなと思っています。

そうは言っても、日々変化していくテスラの体。
ちゃんと食べているのに、フードを吐く事もあまりなくなったのに、骨と皮だけのような体になっていましたし、一日のほとんどを寝て過ごして、うまく立ち上がれなかったり、耳も遠くなってしまって、私の事をあんなに追いかけていたのに、何度か呼んでも聞こえずに熟睡していたり。その変化に気付くたび、もしかして、明日死んでしまうかも。朝起きたら目を覚ましてくれないかも。弱ったテスラを見て、不安な気持ちになっては泣いてました…。きっと私以外の家族もそれぞれ同じ経験をしていたと思います。
ただ、不安な気持ちを打ち消すように、家族皆でいる時はどんな時もテスラを中心に常に明るい家族のまま変わる事なく笑って過ごしていました。それは、明るいパパと賑やかな子供達のおかげでもありますし、どんな状態のテスラでも、ただそこにいるだけで家族は幸せを感じる事ができたのだと思います。
病気になってからは、嘔吐と下痢の片付けが日課でしたが、私やパパができない時は中学生の長女はもちろん小学生の次女と三女も嫌がらず進んで手伝ってくれました。
どんなに辛い状況でも、希望を持っていましたし、最後まで、みんなで協力し、家族の気持ちも一つでした。

テスラが亡くなる三日前、いつもはご飯を美味しそうに食べて、足りないよーと言わんばかりにペロペロと食器を舐めるのに(お代わりしたり、一度にお腹いっぱいまであげると必ず吐いてしまうので1日4回に分けてあげていました。)その日は、何故か毎食あと一口分だけ残したのです。
そして次の日は全く食べなくなり、お薬用の注射器で液状の介護食を口に入れました。栄養状態が心配で4口くらいは無理やり食べさせましたが、口を硬く閉じて嫌がってしまったのでそれ以上は可哀想であげれませんでした。

とにかくなんでもいいから食べて欲しい、大好物のヨーグルト、きゅうり、りんご、牛肉、魚をテスラの口元に運びました。でも、匂いは嗅ぐも、一切食べませんでした。
ネットを調べました。するとバニラアイスが口当たり良く、全く食欲のない犬も食べたとの情報を得れたので、その日の夜あげてみたら、10口くらい舐めてくれたのです。

少しでも食べて欲しかったので、あの10口は本当に感動しました。今思えば、食べたかった訳ではないのかもしれないけど、家族が心配してるのが伝わって頑張って食べてくれたのかなと思います。

テスラは無意識に尿が出てしまう時があり、夜間等オムツはしていましたが、基本的に尿意があれば吠えて誰かを呼んで抱っこしてシートの場所に立たせると自力で立ってする。調子が良ければ、自力で起き上がり、歩いてシートに向かいおしっこも水も飲めました。

その時もご飯は食べてくれないけど、変わらず、水を要求したり、トイレを教えてくれたり、頑張って自力で立ち上がり、歩いて私のいる台所まで来てくれたり。
元気はないのだけど、テスラなりに一生懸命に頑張ってくれていました。すごい生命力があったのだと思います。

テスラは毎夜二階で私と4人娘と一緒に寝ていましたが、その日は一階の主人の布団の足元の所でぐっすり熟睡していたので、起こさずそのまま寝かせて私だけ二階へ上がりました。すると、明け方3時40分頃、下からテスラがワンワンッワンワンッと、とても大きい鳴き声で呼んでくれました。

トイレだろうなと思い下へ降りていきました。テスラを抱いて立たせてあげると、いつものようにトコトコと歩き、トイレシートまで行き、しゃがんでおしっこをしました。オムツをしてますが、本人はシートにしているつもりです。その後立った状態でオムツを替えてましたら、珍しい事がおきました。テスラのしっぽがブンブンブンと、元気いっぱいに左右に振りました。
テスラは元気だった時でも、滅多にしっぽを振る事がない子でしたので、とても不思議に思いました。その後、水を飲もうと一口ペロっと口をつけましたがやめて、またパパの布団に戻ろうとフラフラ歩きだしたので、私が抱っこしてパパの足元にテスラを寝かせてあげました。よしよしと身体を撫でていたら、テスラの呼吸がぴたっと止まったのがわかりました。身体を横にして、ほんの三回くらい撫でた時でした。

今さっき大きい声で吠えていたテスラが、自分の足で自分の力で歩いてたテスラが…。
まさか、でももしかしてと、すぐパパを起こしました。テスラもうダメかもしれないと…。

私はテスラを呼び戻そうと、必死に名前を呼びました。

パパはテスラの様子を見て悟ったのでしょう。いいよ、もう可哀想だよと言いました。そしてすぐに娘達を呼びに行ってくれました。皆が泣きながら降りてきました。

この時にテスラは呼吸をしていないように思えたのですが、首筋の動脈が動いていたのでまだ生きていたんだと思います。皆でテスラの名前を繰り返し呼び、ありがとうありがとうと何度も叫びました。
皆の手の中、腕の中、テスラは天国へ旅立ってしまいました。テスラが亡くなったのは悲しいけど、家族全員が揃っている時に、みんなの腕の中で逝ってくれた事は本当に良かったです。

あの時、テスラが呼んでくれて、ワンワンって起こしてくれて。
しっぽを振ったのは、ママきてくれて嬉しいよ、ありがとうって言ってくれたのかもしれないと後から思いました。

そして、私に撫でられて安心して、みんなの中で亡くなったのだと。みんなでテスラの最期を看取る事ができて、それは幸せな事ですし、今まで起こったたくさんの奇跡にも感謝です。

亡くなって、一ヶ月が過ぎ。
何日もかけて、少しずつこのブログを書いて。
きっと悲しみが癒える事はこの先もないと思います。
でも、こんなに可愛いくて愛おしいと思えるテスラに出逢えた事は、私の人生で子供を授かって産んだのと同じくらいの幸運でした。

P&Bママ様、私達家族を引き合わせて下さり、本当にありがとうございました。


久しぶりのブログが、このような悲しいご報告の記事になってしまい残念です。いつか、明るいブログがまた書ける日が来るかもしれないと淡い期待を持っていた事もありましたので。

一年以上の全ての出来事を整理してお伝えするのはなかなか難しく、文書ばかり長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は、テスラとの楽しい思い出の写真を載せたいと思っています。

病気とわかってからも伊豆高原にも行きましたし、思い出の可愛い写真もたくさんあります。

ただ、まだ写真を振り返って見る事ができません。もちろん見たい気持ちもあるのですが、悲しくなるのが嫌だなと思ってしまいます。


6月16日、テスラの四九日です。気持ちを切り替えないと、テスラも困っているかもしれません。

前を向いて歩いて行かなければですね…。










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Author:にこ2ママ
熱いパパ、天然ママ
やさしいけど不思議ちゃん長女
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